非正規雇用の拡大は職業選択の自由を高めるのか



週刊東洋経済 2015年10/17号 [雑誌]

第一特集は非正規雇用。
この問題は根深く、思わず目をそらしがちな話題だが、よく取り上げたと思う。

本来非正規雇用というか雇用流動化社会は個人の職業選択の自由を高めるとともに適材適所を推進し、企業側にも真にコストパフォーマンスの高い労働力を提供する、そういう非常に志の高い日本社会の構造改革に出発点があったはずだ。
しかしいまや雇用流動化の名の下に推進されているのは安価で使い捨てにされる一時的労働力、企業の都合でまるで設備、つまり単なるモノとして扱われる労働力の拡大である。
政治家が雇用の自由化を掲げ、政府がそれを推進しようとしたとき、確かに高い理想と来たるべき雇用弾力性のある日本社会が我々の前には開けていたはずだ。
終身雇用と年功序列の日本型雇用を脱却し、自由で柔軟な雇用社会を目指すはずが、現在目の前にあるのは企業の利益追求を最優先した不均衡で不平等な雇用社会である。
東洋経済が詳らかに記すとおり、こうなったのは結局日本型雇用の根幹である従来の雇用契約の在り方を企業が変えようとせず、むしろ日本型雇用の根幹システムを維持するために非正規雇用を都合よく利用したことにある。
本来雇用主と労働者がウィンウィンの関係になるはずだった雇用流動化社会は、企業側にのみ一方的な恩恵を与え、現在の雇用格差社会を生み出し、政府はそうした現状をおそらく認知しながらも、構造的改革に手をつけようとしない。
今回の派遣法改正も、日本型雇用の根幹部分には全く着手できず、むしろ非正規雇用のいびつな定着を進め、労働者の待遇改善にほとんど資することがなく、本質的には構造改革が後退した結果になっていることからも明らかだ。
一見派遣社員の地位待遇改善をはかったと政府が胸を張る派遣法改正は、実際は現状の非正規雇用使い捨てをより推進しやすくする法案で、雇用安定措置に確固とした実効性がないのも政府が本気でない証拠だ。

政治家の言動を見ていると、与党も野党もこの雇用の問題について本質的な部分を見ようとはしておらず、派遣社員の地位向上や正社員化というような実際は日本型雇用を保全し日本の雇用環境を陳腐化させる方向性でしか議論が出来ていない。
本当に大事なのは人口減少超高齢化社会を迎えるに当たって、いかに雇用の弾力性を維持し、日本社会全体の雇用環境を効率化するかという構造改革であったはずが、それを目指すのに不可欠な企業側の雇用姿勢にどう政策的にアプローチするかという議論はなされないのである。
東洋経済が論じるように、雇用環境の構造改革の遅れは少子化をますます加速させており、この改善なくして社会保障の改革も財政健全化も成り立つわけがない。
政治家の方々も官僚もそこらへんを認識しているはずなのだが、安保法制などという些末な法案のほうがよほど大事らしい。
少子化で人がいなくなった国で自衛権が貫けるのか、少子化社会では自衛隊だって兵力不足で弱体化するだろうに、箱物を作るのに熱心で内実を欠き、悠長なことである。
そもそも雇用が改善しなければGDPもだだ下がり、軍事費だって払えなくなる。
他国に攻められないためには攻められないだけの国力を作ることが大事なのであり、結局同盟だなんだというのも国力次第だ。
国力を充実させる施策を後回しにして、防衛戦争の条件だけ緩和していては亡国を進めるだけではないか。
自衛権解釈を拡大してまで出張っていく経済力が今のこの国にあるとは思えない。

この雇用の問題はアベノミクス第二ステージでも取り上げられることはないらしい。
第一の矢は単純な数値目標で内実はない。
第二、第三の矢とされる子育て支援、社会保障の充実もその原資を稼ぐ国民の雇用安定なくして成り立つわけがない。
充実した雇用社会を抜きにして人口の頭数だけ増やしても、それは貧困者が増加するだけで社会的コストをかけてますます社会を疲弊させるだけである。
大変な社会的コストを払って高度な教育を受けた若者が半数近く安定性の低い職場に追いやられる現状を改革せずにどこを改革するのか、金をばらまいたり株価をつり上げれば経済は成り立つと思っているようだ。
本質を見誤った政治が続くこの国の不幸はいつまで続くのだろうか。

そして深層リポート。
こちらは安保法制反対デモを取り上げる。
私は東日本大震災の時、たまたまドイツにいたが、ドイツでは3.11その日から新聞の紙面が変わった。
日本の悲惨な状況とドイツ国内で反原発に団結する市民デモの広がりがほぼ紙面いっぱい埋め尽くした。
その写真は政治家よりも大きく、必死に政治へ訴えかける市民の声が紙面を通して伝わってきて、ニュースを見ればやはり市民運動を大きく取り上げ、メルケル首相もその声によく応えていた。
市民の声を政治に届け、政治も市民に応えようという呼応関係の間にメディアが立ち、まさに一つの政治空間を市民と政治家が共有している姿があった。
震災直後に日本に帰ってきて衝撃的だったのは、各地で広がり始めた同様の反原発市民デモが日本ではほとんど報道されていないことだった。
新聞を見ても小さく報じられているだけで市民の声を政治に届けようというような意識は全くなかった。
報道されるのは政治家と企業の経営者たちの話が中心で、被災地の住民などを除いては市民は不在と思えるほどであった。

これを見て、日本は治安が良いからデモも小規模で社会を動かすほど大きな騒動にならないから安心だという人はいるだろうか。
私は市民運動が政治とのつながりを失い、この国の政治が活力を失っているような場面であるように思う。
時の首相が市民運動出身で市民に理解があるはずの菅直人であったことはなんとも皮肉ではないか。
あのときの菅首相が原発対応で見せた機動性をメルケル首相のように市民運動のほうにも向けて政治空間を共有できていれば、今の民主党の凋落はなかったかも知れない。

日本の政治空間においてメディアは役割をほとんど果たしていない。
脱原発運動の失敗の原因にメディアの不在を挙げる東洋経済の論には賛成だ。
一方でSNSなどの情報ツールがこうしたメディアの不在を埋めていく方向に進む現状に私は不安を覚える。
情報のプロであるメディアと違い、SNSなどは情報を歪曲して伝達する側面が大きく、また感情的な言動や雰囲気に流されがちな側面もある。
もちろんメディアとて情報を歪曲するが、メディアにはそれでも公共性という一抹の倫理観が期待でき、また不確実ながら法的にもそうした健全性を担保できる可能性があるのに対し、SNSは個人的な表現の自由の集積であり、公共性を押しつけるのは不可能であろう。
SNSの根幹にはfacebookの「いいね!」に代表されるような共感があり、ときに感情は理性をこえてしまう危うさがある。

ところで、デモに集まった若者たちは「生活保守」をモチベーションにしていて、それは「日常を守りたい」という意識だと東洋経済は分析するが、私はここはちょっと違うと思う。
おそらく今回の安保法制反対デモの根幹にあるのは「考える時間が欲しい」という率直な気持ちだ。
安保法制というような重要な法案を一般国民に理解させる対話の時間もなしに国会の中だけで完結させてしまおうという政治の暴力に対する反抗なのである。
スラヴォイ・ジジェクが『自由と国家』の中の対談で言うように、現代政治には「理論」が必要されている。
危機が迫っているという脅迫に屈することなく、「理論」を構築する、つまり距離を取って状況を把握し思考を働かせる十分な時間が必要とされているのだ。
政治は本来こうした理論を丁寧に積み上げて構築されるべきもので、応急措置を繰り返していくものではない。
「この法律は実践に即しているかもしれないが、理論の基準に達していない」という態度が政治には必要だとジジェクは言うが、これこそまさに今回の安保法制に対して国民が必要と思っていたことそのものであろう。
結果を素早くもたらす解決策を求める衝動を抑えて、深く理性的に本当の問題を根本的に改善する時間的猶予が求められていたのである。
そしてこれこそエドマンド・バークがフランス革命に欠けていたという「熟慮」の姿勢であり、保守主義の健全性を担保する根本精神だったはずのものだ。
つまるところ今回の安保法制の決定過程は健全な議会運営を旨とする保守主義の常道を外れており、一種の反動急進主義で日本の法秩序を著しく害したことは明白だ。

さて、記事は今のデモは非暴力で現代スタイルであり、クールであるとしている。
だが政治がこの大衆民主主義を議会外のものと疎外し続ける限り、このデモが非暴力というスタイルにとどまるとは思えない。
市民デモというのはたしかに形式的には非暴力ではあっても、その根幹には大きな不満、強い暴力性の根源となるような大きなわだかまりがある。
そして社会変革にはときに大きな暴力が必要とされることも事実であり、今のまま硬直し市民との対話が機能不全に陥った政治が続く限り、この緊張関係は消えることはない。
たとえ国民自身が暴力を取らなくとも、戦前に政党への不信が結果として軍部の暴力主義的台頭を招いたように、政治変革を暴力的な行動を伴っても強く志向する勢力の台頭を許す結果になることもあるかもしれない。
願わくば国民と対話する健全な保守政治が日本に根付き、政党が真の意味で民意を代弁する政党議会制民主主義という安定装置がこの国を穏やかに導く未来が来てほしいものである。
今の政党はどこも民意と票田を勘違いしている時点で早晩日本を腐らすだけであり、目の前まで市民が押し寄せてきても振り向こうともしない。
日本の民主主義はまだまだ遠い。

週刊東洋経済 2015年10/17号 [雑誌]




大学受験参考書

The amazon review

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック